東京高等裁判所 平成10年(行タ)45号 決定 1999年3月08日
横浜市都筑区川和町一五四三番地五
申立人(第一審原告)
有限会社七五三木木工所
右代表者代表取締役
七五三木秀通
右訴訟代理人弁護士
森卓爾
同
小口千恵子
同
畑山穰
同
山田泰
横浜市緑区市が尾二二番地三
相手方(第一審被告)
緑税務署長 赤池三男
右指定代理人
森悦子
同
木上律子
同
佐藤周明
同
石黒里花
主文
本件申立てを却下する。
理由
一 本件申立ての趣旨及び理由は別紙申立書及び同変更・訂正申立書(いずれも写し)に、相手方の主張は別紙意見書(写し)に各記載のとおりである。
二 申立人が提出を求める文書は、訴外法人の確定申告書(コピー)のうち別表一、決算書及び法人事業概況説明書(以下「本件各文書」という。)であるところ、相手方は、本件各文書に記載された事項について相手方は守秘義務を負うから、提出義務を免れる旨主張するので、この点について判断する。
税務署長が職務上知り得た私人の所得金額や資産、負債の内容等は国家公務員法一〇〇条一項、法人税法一六三条所定の「秘密」に該当するというべきであるところ、本件各文書には訴外法人の所得金額等前記各事項が記載されていることが明らかであるから、相手方が本件各文書を提出することは、守秘義務に反するものといわなければならない。
申立人は、新民事訴訟法は二二〇条四号について除外事由を設けながら、一ないし三号についてはこれを設けなかったことから、守秘義務を理由とする提出拒絶を許さないという立法者意思がうかがわれる旨主張するが、当裁判所はそのようには理解していない。そして、右一ないし三号については証言拒絶権を定めた同法一九七条一項の規定が類推適用されると解する。
三 申立人は、いわゆる引用文書においては守秘義務は提出拒否の理由にならない旨主張するが、秘密保持の利益を受けるのは訴外法人であるから、相手方が本件訴訟において本件各文書を引用したからといって、当然に秘密保持の利益が放棄されたとすることはできない。したがって、申立人の右主張を採用することはできない。
四 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、相手方には本件各文書を提出する義務がないというべきであり、本件申立ては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 生田瑞穂 裁判官 宮岡章)
「平成一〇年(行コ)第三三号」
第一審原告 「有限会社七五三木木工所」
第一審被告 「緑税務署長」
一九九八年一一月二六日
第一審原告訴訟代理人
弁護士 森卓爾
弁護士 小口千恵子
弁護士 畑山穰
弁護士 山田泰
東京高等裁判所第一七民事部 御中
「文書提出命令申立書」
第一審原告は、次のとおり文書提出命令を申し立てる。
一 文書の表示
1 第一審被告の原審における平成五年七月七日付準備書面(二)添付にかかる
<1> 別紙二の一「木工家具製造に係る比準同業者」において「対象者の記号」欄A乃至Kで表示された各法人の昭和六二年八月一日から同六三年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料全部
<2> 別紙二の二「木工家具製造に係る比準同業者」において「対象者の記号」欄A乃至Rで表示された各法人の昭和六三年八月一日から平成元年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料
<3> 別紙二の三「木工家具製造に係る比準同業者」において「対象者の記号」欄A乃至Kで表示された各法人の平成元年八月一日から平成二年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料
2 第一審被告の平成一〇年九月三〇日付準備書面(三)添付にかかる
<1> 別紙一の一「木工家具製造に係る比準同業者」において「対象者の記号」欄<1>乃至<10>で表示された各法人の昭和六二年八月一日から同六三年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料
<2> 別紙一の二「木工家具製造に係る比準同業者」において「対象者の記号」欄<1>乃至<12>で表示された各法人の昭和六三年八月一日から平成元年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料
<3> 別紙一の三「木工家具製造に係る比準同業者」において「対象者の記号」欄<1>乃至<8>で表示された各法人の平成元年八月一日から平成二年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料
二 文書の趣旨
前項各法人の各事業年度における確定申告の内容及びそれを明確にする各資料の内容
三 文書の所持者
第一審被告
四 証すべき事実
第一審被告は第一項記載の各法人を抽出したうえ、これらの法人を比準同業者として各年度にかかる各確定申告書記載の売上金額、売上原価及び一般経費を引用し、これらに基づき推計の合理性を主張している。
本来このような推計の合理性を立証すべき責任は第一審被告にあるのであるから、まともな当事者であれば積極的に第一項記載の各文書を提出するであろう。
しかし、遺憾ながら第一審被告は違った人達といわざるを得ない現実にあり、そうである以上第一審原告がこれに助力する外ない。
証すべき事実は、比準同業者とされる法人が同業者とはとても言えないことを、各法人の確定申告書及びその添付資料の分析を通じ、業種欄、事業概況書、棚卸し商品名、材料の品名、仕掛品の品名等の各視点から明確にすることにある。
なお、第一審被告も、「どのような業種で法人税の申告をしているかということと、その法人が実際に営んでいる業種が異なる場合がある」ことを認めており(第一審原告の本年一一月二五日付準備書面参照)、この文書提出命令に基づき第一項記載の文書が提出されれば具体的に本件に即した実態が更に明らかになることであろう。
五 文書提出義務の原因
1 民事訴訟法二二〇条一号(引用文書)
2 この「引用」の意義につき、「引用とは、文書自体を証拠として引用することを指すという解釈(岩松三郎=兼子一編・実務講座民訴編四巻二八三頁)もあるが、そのように限定すべき合理的理由はなく、文書の存在や内容を引用していれば足りると解すべきである(菊井維大=村松俊夫・全訂民事訴訟法Ⅱ六一三頁、東京高決昭和六二・七・一七判タ六四一号八〇頁)」(基本法コンメンタール・第四判・民事訴訟法2)とされている。
これは旧民事訴訟法に関するものであるが、文書提出義務を拡大したとする新民事訴訟法にあっては当然の解釈である。
なお、引用文書においては、第一審被告のマジックワードである「守秘義務」が拒否理由とならないことは多言を要しまい。
3 そして第一審被告が、前項記載のとおり各法人の各年度にかかる各確定申告書記載の売上金額、売上原価及び一般経費を引用し、これらに基づき推計の合理性を主張している以上、引用文書として提出義務が存することも明確である。
4 ところで第一審被告は、内部報告文書たる乙号証を提出していることから、求められる文書を提出している旨弁解することが予測される。
しかし、そもそもこのような内部報告文書の提出をもって提出義務が果たされたものとするならば、文書提出命令を設けた制度趣旨が大きく減殺されてしまうことになる。
とりわけ本件にあっては、第一審原告の業種・業態に対し、第一審被告の主張する比準同業者の抽出過程の合理性や比準同業者とする法人の業種・業態との同一性の有無か大きな争点となっており、原審判決でも推計の合理性が否定されたうえ控訴審になってますますこの矛盾が深まっているのであるから、原資料に基づく検証こそが求められているのである。
逆にいうと、これらの原資料の提出がないまま担当者の証人調べをすれば、意味に乏しい尋問を重ねざるを得ない事態も生じかねない。
このような事態を招来することになれば、その責任は挙げて第一審被告が負担すべきことになるのは言うまでもないが、それが「当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」(新民事訴訟法二条)とする当事者の責務に反するものとなることもまた明白である。
5 第一審被告の選択肢は、第一審原告が提出を求める文書を提出するか、それとも客観的合理的な立証はしないとする態度決定をすることによって推計の合理性がないことを自認するか、いずれかしかありえない。
以上
平成一〇年(行コ)第三三号
第一審原告 有限会社七五三木木工所
第一審被告 緑税務署長
一九九九年三月四日
第一審原告訴訟代理人
弁護士 森卓爾
弁護士 小口千恵子
弁護士 畑山穰
弁護士 山田泰
東京高等裁判所第一七民事部 御中
文書提出命令申立書の変更・訂正申立て
第一審原告の一九九八年一一月二六日付文書提出命令申立書のうち、第一項、第二項及び第三項を左記のとおり変更・訂正いたしたく申し立てる。
記
一 第一項につき、1、2の各<1>、<2>、<3>の末尾について
「…事業年度に関する確定申告書全部及びその添付資料」とあるを「…事業年度に関する確定申告書(コピーのうち、別表一(申告書のいわゆる表紙)、決算書及び法人事業概況説明書」
と変更・訂正する。
二 第二項につき
「前項各法人の各事業年度における確定申告の概況、決算の内容及び法人事業概況が示されている」
と変更・訂正する。
三 第四項につき、第四段目を
「証すべき事実は、比準同業者とされる法人が同業者とはとても言えないことを、各法人の確定申告書(コピー)のうち、別表一、決算内容及び法人事業概況から明確にすることにある。」
と変更・訂正する。
以上
平成一〇年(行コ)第三三号
第一審原告 有限会社七五三木木工所
第一審被告 緑税務署長
平成一一年二月八日
第一審被告指定代理人
森悦子
木上律子
佐藤周明
石黒里花
東京高等裁判所第一七民事部 御中
文書提出命令の申立てに対する意見書
第一審被告は、第一審原告の平成一〇年一一月二六日付けの文書提出命令申立書に対し、以下のとおり意見を述べる。
第一審原告は、第一審被告が本件訴訟において抽出した各法人の昭和六二年八月一日から平成二年一月三一日までの間に決算期の到来する事業年度に関する法人税確定申告書全部(以下「本件各文書」という。)及びその添付資料全部が、民訴法二二〇条一号所定の文書であるとしてその提出命令を申し立てるものであるが、以下に述べるように、本件各文書はこれに該当しないばかりか、守秘義務を負う第一審被告ら文書の所持者が提出を拒否することができる文書であって、第一審原告の申立ては失当であり、却下されるべきである。
一 文書の所持者について
民訴法二二〇条一号の規定は訴訟の当事者がみずから文書を所持する場合の文書提出義務を定めたものであるから、当該文書を所持していない被告が同条同号による文書提出義務を負わないことは明らかであり(浦和地裁昭和五四年一一月六日決定・税資一〇九号二一一ページ、その抗告審である東京高裁昭和五五年八月二六日決定・税資一一四号三八九ページ)、文書の所持者とは、当該文書の保管の責に任じ、その閲覧の許否を決定する権限を有する行政庁をいうものと解するのが相当であるところ、第一審原告が提出を求める本件各文書のうち、横浜中、横浜南、戸塚、神奈川及び鶴見の各税務署管内の各法人に係る文書については、当該各税務署長が所持することが明らかであるから、民訴法二二〇条一号に定める第一審被告が所持する文書には該当しない。
したがって、第一審被告は右各文書について文書提出義務を負うものではない。
二 「引用文書」に該当しないことについて
民訴法二二〇条一号にいう「当事者が訴訟において引用した文書」とは、当事者が口頭弁論期日等において積極的にその存在に言及して自己の主張の根拠ないし補助とした文書をいうものと解すべきところ(旧民訴法三一二条一号に関する東京高等裁判所平成五年五月二一日決定・金融商事判例九三四号二三ページ、菊井維大・村松俊夫「全訂民事訴訟法Ⅱ」六一三ページ一三ないし一六行目)、第一審被告は、本件推計課税の適法性ないし合理性を主張・立証するに当たり、東京国税局長が発した通達(乙一号証ないし七号証の各一)に基づいて第一審被告ないし所轄税務署長が作成した課税事績報告書(乙一号証ないし七号証の各二ないし四)を引用しているのであり、右課税事績報告書が、第一審原告が提出を求める本件各文書とは作成者及び意味内容を異にする別個の文書であることは明らかである。
もとより、右課税事績報告書は、本件各文書添付の決算書の内容に基づき作成されたものであるが、本件各文書には事柄の性質上単に当該各法人の事業所得関係のみでなく、その取引先関係についても具体的に開示されているほか、役員(従業員)の給料明細、株主の氏名等の事項の記載も存するのであるから、本件各文書と右課税事績報告書との関係は、一般商取引における原始資料である伝票とこれに基づいて作成された取引元帳との関係以上に乖離した別異のものであるというべきである。(同旨・大阪高等裁判所昭和六三年一月二二日決定・税資一六三号一七ページ)。そして、民訴法二二〇条一号の趣旨は、当事者が訴訟において引用する書証を開示しないことによって生ずる相手方の不公平感を除去し、その実在を担保しようとするものと解すべきであり、このような趣旨を超えて、右法条を、特段の事情もないのに、当事者に対し相手方手持ちの証拠を利用して自己の立証を果たし得ることまでを保障したものと解することは相当でなく、第一審被告において引用の意思も書証として提出とする意思も全くない本件文書を「引用文書」であると解することは、右法条の趣旨を超えるものというべきである(同旨・前掲大阪高等裁判所昭和六三年一月二二日決定)。
第一審原告は、「本来第一審被告が本件文書を積極的に提出して推計の合理性を立証すべきであるが、第一審被告がこれを行わないので、第一審原告において右第一審被告の立証に助力する。」旨主張する(第一審原告の文書提出命令申立書四ページ一〇ないし一四行目)が、本件文書を引用することも書証として提出することもしないことにより、仮に不利益を受ける当事者があるとすれば、それは推計の合理性につき立証責任を負う第一審被告であり、そのことにつき第一審原告から非難されるいわれは何もない。
以上から、本件文書は民訴法二二〇条一号の「引用した文書」には該当せず、第一審被告に提出の義務はない。
三 前記二で述べたとおり、本件各文書には比準同業者たる各法人の所得金額、資産負債内容等が具体的かつ詳細に記載されており、もともと本件訴訟における立証の必要性を超える記載部分も多く、税務署長として職務上知り得た右のような事項は、第一審被告にとっては国家公務員法一〇〇条一項所定の「職務上知ることのできた秘密」、法人税法一六三条及び所得税法二四三条所定の「その事務に関して知ることのできた秘密」に当たると解するのが相当である。したがって、本件各文書に記載された事項については、第一審被告は、前記各法条によって守秘義務を負うものというべきである。
そして、文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務という点では証言義務と同一の性格を有するので、職務上知り得た秘密についての証言拒絶権に関する規定(民訴法一九一条及び一九七条)も類推適用を肯定すべきであり、文書の記載内容が職務上知り得た秘密に属するため守秘義務を負う場合には、その所持者は提出を拒むことができ、文書提出義務を免れるものと解すべきである(前掲「全訂民事訴訟法Ⅱ」六二一ページ一ないし五行目、東京高等裁判所昭和五二年七月一日決定・訟務月報二三巻七号一二四八ページ)。
したがって、本件各文書のように、第一審被告が税務署長としての職務上知り得た税密に係るものについては、民訴法二二〇条に基づく提出義務を免れるものである(前掲大阪高等裁判所昭和六三年一月二二日、東京高等裁判所昭和六二年九月四日決定・税資一五九号四九一ページ等)。
四 以上のとおり、第一審原告の文書提出命令の申立ては理由がないので却下されるべきである。